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東京高等裁判所 平成10年(ネ)3595号 判決

控訴人兼被控訴人 (以下「一審原告」という。) 東洋信託銀行株式会社

右代表者代表取締役 A

右訴訟代理人弁護士 河村卓哉

被控訴人兼控訴人 (以下「一審被告」という。) 株式会社ツムラ

右代表者代表取締役 B

右訴訟代理人弁護士 岡崎洋

大橋正春

前田俊房

渡邊賢作

一審被告補助参加人 Z

右訴訟代理人弁護士 庭山正一郎

田村公一

榎本哲也

三森仁

鳥居典子

牧原秀樹

主文

一  原判決中一審原告敗訴の部分を取り消す。

二  一審被告は、一審原告に対し、金一〇億〇〇四一万八一三〇円及びうち金一〇億円に対する平成八年九月五日から支払済みまで年一四パーセントの割合(年三六五日の日割計算)による金員を支払え。

三  一審被告の控訴を棄却する。

四  訴訟費用については、第一、二審を通じ、一審原告と一審被告との間に生じたものは一審被告の、一審原告と一審被告補助参加人との間に生じたものは一審被告補助参加人の各負担とする。

五  この判決は、第二項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  一審原告

主文同旨

二  一審被告

1  原判決中一審被告敗訴の部分を取り消し、右取消しに係る一審原告の請求(予備的請求)を棄却する。

2  一審原告の控訴を棄却する。

第二事案の概要

本件は、一審被告の保証予約を条件にツムラ商事株式会社(以下「ツムラ商事」という。)に対して資金の貸付をした一審原告が、一審被告に対し、主位的に、予約完結権の行使により締結されたとする連帯保証契約に基づく保証債務の履行として、右貸付元利金等の支払を、予備的に、一審被告の代表取締役らの不法行為に基づく損害の賠償として、右貸付元利金等と同額の金員の支払を求めた事案である。当事者双方の主張等その余の事案の概要は、原判決の「事実及び理由」の「第二 事案の概要」欄記載(原判決五頁四行目から二八頁五行目まで)のとおりであるから、これを引用する。

第三争点に対する判断

一  本件融資に至る経過等本件の前提事実については、原判決認定のとおり(原判決「事実及び理由」の「第三 争点に対する判断」欄の一記載、すなわち、二八頁七行目から四四頁九行目までのとおり)であるから、これを引用する。

二  争点1(商法二六五条一項後段の規定違反の有無)について

当裁判所も、本件保証予約の締結(一審原告とツムラ商事との間の本件消費貸借に基づくツムラ商事の一審原告に対する債務について一審被告が一審原告との間でした保証予約の締結)が、商法二六五条一項後段所定の「会社と取締役との利益相反する取引」に該当すると認めることはできないものと判断する。その理由については、原判決理由説示のとおり(四四頁一一行目から四六頁三行目までのとおり)であるから、これを引用する。

三  争点2(商法二六〇条二項二号の規定違反の有無)について

当裁判所も、本件保証予約が、商法二六〇条二項二号所定の「多額の債務」に該当するものと判断する。その理由については、原判決が理由中で判示するとおり(四六頁六行目から四七頁九行目までのとおり)であるから、これを引用する。

四  争点3(取締役会決議の不存在についての悪意又は過失の有無)について

本件保証予約の締結について一審被告が取締役会決議を経ていないことは、前記のとおり(原判決引用部分)であるところ、代表取締役が、商法二六〇条二項二号所定の取締役会の決議を経てすることを要する対外的な取引行為を、右決議を経ないでした場合であっても、右取引行為は、内部的意思決定を欠くに止まるものであるから、相手方が右決議を経ていないことを知り又は知り得るときでない限り、有効であると解すべきである(最高裁昭和四〇年九月二二日第三小法廷判決・民集一九巻六号一六五六頁参照)。

そこで、一審原告が、本件保証予約の締結に関し、一審被告の取締役会決議が存在しないことについて知り又は知り得たかどうか、すなわち、一審原告に、右取締役会決議が存在しなかったことについて悪意があったかどうか、又はこれを知らないことについて過失があったかどうかを検討する。

まず、一審原告が右取締役会決議が存在しないことを知っていたと認めることができないことは、先にみた本件融資に至る経過等本件の前提事実(前記一の事実)、とりわけ、本件保証予約の締結に際し、一審原告のC(本店営業本部第二部)が、一審被告の意思を確認するため財務を統括していたD専務と面会し、さらに、E(ツムラ商事の専務取締役)に対し、本件保証予約に関する一審被告の取締役会議事録の提出を求めていること(原判決引用部分)などに照らして明らかであり、かえって、右の前提事実によれば、一審原告としては、右取締役会決議は存在するものと信じていたと認めることができる。

次に、一審原告が、本件保証予約の締結に関し、右取締役会決議の存在しないことを知り得たかどうかについて見ることとするが、以下に述べるとおり、一審原告が右決議の存在しないことを知り得たと認めることはできないものというべきである。

すなわち、先にみた本件保証予約の締結に至るまでの経緯等によれば、本件融資は、一審原告から、一審被告と事実上緊密な関係を有するツムラ商事への貸付であるところ、これに関して締結された本件保証予約は、当時の一審被告の代表取締役(補助参加人)と財務を統括していた専務取締役(D専務)の、いわば会社の経営の実権を握るナンバーワンとナンバーツーともいうべき二人が共謀し、取締役会決議のないことを承知の上、本件保証予約の締結に必要な手続を採りあるいは書類を作成し、これを一審原告に交付するなどした結果、行われたものである。そして、一審原告は、ツムラ商事の専務取締役であるEの斡旋のもとに一審被告のD専務に面会して一審被告の保証意思を確認するなどしており、右契約の締結自体に関して言えば、必要な諸手続はすべて採られ、しかも、その手続は極めて円滑に進んでおり、右諸手続に疑問を抱かせるに足りる事情は全く認められない状況であった。また、一審原告の事務手続書上では、株式会社が保証人となる場合には原則として当該会社の取締役会議事録を徴求するものとされていたことから、一審原告のCは、D専務から一審被告の右保証意思を確認したのち、直接一審被告には尋ねることはしなかったものの、本件融資の債務者であり本件保証予約の締結に関するいわば窓口役ともいうべきツムラ商事のEに対し、一審被告取締役会決議の議事録の提出を求めているのであって、同人から、安田信託銀行との保証予約の締結に当たっても提出していないことを理由に断られ、上場企業等の大企業については一審原告としても取締役会議事録の提出を免除する場合もあることなどから、それ以上の要求は差し控えたのである。上場企業である一審被告の財務担当の専務取締役から直接本件保証意思の確認を得た上、契約締結自体に必要な手続はすべて履践され、しかも右手続に疑問を抱かせるに足りる事情がない以上、これらの経緯を踏まえた一審原告が、一審被告では取締役会決議を含む必要な一切の手続が履践されていると信じた(このことは、前記一の前提事実から十分認められる。)としても、軽率であったとの譏りをたやすく受けるべきものとはいえない。右の諸手続が履践されているにもかかわらず、更に一審原告に、直接一審被告に対して取締役決議の有無を確認し、あるいはその議事録の提出を求めるなどの行為を要求することは、実際上些か酷な要求であるといわざるを得ない(「わざわざ確認するのは失礼」と考えることもあり得るし、そのように考えたとしても、上場企業の専務取締役に対する態度としては極く自然なものであるともいえる。また、仮に、一審原告がD専務に対して右のような要求をしたとしても、前記のとおり、本件保証予約の締結が同人と補助参加人との共謀によるものである以上、右要求に沿った実効性のある対応がたやすく得られるとは考えられない。)。もとより、取締役会決議の存在を確認するため議事録の提出を求めることは一つの有効な手段ではあるが、契約締結の際の状況等諸般の事情如何によっては、必ずしも右の提出を求めるまでの必要はないのである。一審被告においては、当時、保証予約を含む借財については、その全てを取締役会に付議していたという訳ではなく、常務会の了承のみで決定することすらなくはなかったこと及び右常務会のメンバーとしては、代表取締役たる補助参加人とD専務の両名のみであった(少なくとも右両名がその中心メンバーであった。)ことすら窺われる(甲二七の一、弁論の全趣旨)のである。右に見た諸事情に、このような当時の一審被告の経営実態をも併せ考慮すると、一審原告が、既に一審被告において取締役会決議を含む一切の必要手続が履践されたものと信じ、それ以上の措置を講じなかったことは、まことにやむを得ないことであったというべきであり、本件保証予約の締結に際し、一審原告において、一審被告の取締役会決議が不存在であったことを知り得る状況にあったとは認められないというべきである。

一審被告及び補助参加人は、取締役会議事録に代わる確認書の徴求をしなかったことを理由に、一審原告の措置についての落ち度を指摘するが、そもそも一審原告としては、取締役会決議の存在を信じていたのであり、また、先にみた一審被告の経営の実態に徴すると、仮に確認書が徴求されたとしても、それは、正規の手続を経てのものではなく、D専務の一存・独断のもとに(若しくは代表取締役たる補助参加人との共謀により)容易に作成され得る公算が大きいのであって、これを求める実質的意味は乏しく、確認書の徴求をしなかったことが前記判断を左右するものではない。

また、本件保証予約締結当時、一審被告が有していたツムラ商事の株式数は、全発行済み株式一二〇〇株のうちの二〇株であって、持株比率は約一・六六パーセントでしかなかったが、右持株比率の程度に係わらずツムラ商事と一審被告との間に緊密な関係があったことは、先にみたところ(前記一の認定事実)から明らかであり、この点が前記判断を左右するものではない。

さらに、本件融資を紹介したFとツムラ商事のEとの間に、本件融資の使途に関する説明に幾分異なる点のあったことは前記のとおりであるが、融資話を持ち込んだに過ぎない者と実際に融資を受ける者とでは、その使途についての説明が幾らか異なるなどということは何ら不自然なことではない上、いずれの説明も、ツムラ商事の育成を通じ一審被告グループの事業を拡大することに関する資金という点では共通性があったのであって、右説明の相違が前記判断を左右するものでないことは明らかである。

なお、一審被告は、一審原告は、一審被告との将来にわたっての取引等を期待したため、本来ならば慎重に行うべき手続を無視して敢えて本件融資及び本件保証予約の締結に至った旨主張するが、一審原告が一部上場企業である一審被告との間で右主張のような期待を抱いたとしても何ら異とするには足りない(担当者であるCは、そのような期待をもって本件取引に臨んでいたことは前掲各証拠より認められる。)のであって、そうだからといって一審原告が採るべき手続を敢えて無視したなどと言えないことは先にみたところから明らかである。

他に、一審原告が、本件保証予約の締結に関して取締役会決議の存在しないことを知り得たことを認めるに足りる証拠はない。

したがって、一審被告の取締役会決議の不存在につき一審原告に悪意・過失(重過失はもとより)があったとは認められないから、右両者間で締結された本件保証予約は有効であるというべきである。

五  結論

以上によれば、一審原告の本件主位的請求はすべて理由があるから認容すべきであり、これを棄却した原判決は不当である。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤瑩子 裁判官 鈴木敏之 橋本昇二)

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